『忘れられた人類学者(ジャパノロジスト)』(2017年地方出版文化功労賞)で描かれた、
アメリカの社会人類学者ジョン・エンブリーとエラ夫妻。
1935年(昭和10)から1年間、
調査のため滞在した熊本の小村、須恵村で夫妻が撮影した
貴重な写真1609枚から約400枚を厳選。
のちに外国人による初の日本農村研究書として
柳田国男や今西錦司、梅棹忠夫、鶴見俊輔らの高い評価を受けた
『須恵村 〜日本の村』を著したエンブリーとエラが、
なぜその写真を撮影したのか、
何に注目していたのかを丁寧に絵解きしながら、
移ろいゆく戦前日本の実相をあぶり出す労作。
※エンブリー夫妻=ジョン・フィ・エンブリー(一九〇八~五〇)はコネティカット州ニューヘイブン生まれ。ユダヤ系ロシア人として極東の港町ニコラエフスクで生まれ十代を日本で過ごしたエラ・ルーリィ(一九〇九~二〇〇五)と一九三二年に結婚。シカゴ大学で社会人類学を学ぶ大学院生の時、東アジア調査の一環として、エラと一歳の娘クレアを伴い一九三五年八月に来日し、まる一年かけ須恵村を調査した。ジョンは第二次大戦中、日本を最もよく知る研究者として様々な政府機関の職務に就き、一九四五年に『The Japanese Nation(日本国家)』を刊行。戦後はイェール大学の東南アジア研究所長となるが、一九五〇年に四十二歳の若さで交通事故死。戦後、エラは一九五一年と再婚後の六八、八五年の計三度須恵村を訪問。その後ハワイ大学で教鞭を執り九十六歳で死去した。
※須恵村=熊本県球磨郡の中心部にあった農村。エンブリー夫妻が調査した一九三五~三六年当時、人口千六百六十三人、戸数二百八十五戸、面積約十七㎢で、熊本県で最も小さな村だった。村の南部を球磨川が横断し、『須恵村』では十七の部落が「水田部落」「丘陵部落」「商店部落」「山の部落」「新しい部落」に分類されている。夫妻は調査地として選んだ理由について①調査に適した小さな村、②一般的な傾向を有した村、③裕福でも貧しくもない稲作の村、④軍事地帯から離れている―を挙げている。二〇〇三年に近隣の免田町、深田村、岡原村、上村と合併しあさぎり町須恵地区となる。
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【目次】
まえがき
[第1章]まなざしのフィールドワーク
1 水難 溺れた子を総出で捜索
2 祭り 商業化しサーカスも
3 カタツムリの謎 「食べていた」という誤訳
4 よけまん 写真の解釈の謎
5 菓子 落雁も作っていた
6 風呂 母子や近隣の絆結ぶ
7 便所 屋外にあった「御不浄」
8 髪立て ユニークな名付け祝い
9 子守 赤ん坊背負う子どもたち
[第2章]ハジアイの理想郷
10 かったり 交換(共同)労働で田植え
11 田植え 厳しいけど「和やか」
12 公益的な協同 道普請、橋の建造、雨乞いも
13 講 協同的な信用貸し
14 屋根 協同の〝記憶〟茅掛け講
15 棟上げ 新築の風習、弓矢で悪魔祓い
16 歌 村民の一体感醸成
17 踊り 各部落に郷土芸能
[第3章]ムラの文法
18 贈り物 交換が永続的な関係築く
19 堂さん 「安心な場所」
20 競争 一方で〝平等〟も日常に
21 牛馬 労力や運搬手段だった
22 新年 新、旧正月、小正月の三回も
23 〝酒縁〟 焼酎が人と人結ぶ
24 家の構造 家族の安らぎの場
25 庭 「最適の仕事場」
26 結婚 意外に当事者の意思尊重
27 仲介人 争い避ける第三者
28 家族 「他出子」も「家族」
29 死と葬儀 部落の人々が共有していた
[第4章]女たち
30 裸と性 夏には女も腰まで半裸
31 子育て 甘やかしは「驚きの源泉」
32 お手伝い 大活躍の情報通
33 重労働 単なる犠牲者ではなかった
34 夫婦 「夫唱婦随」とは言え
35 ペット 子どもの代償として
36 芸者 農民には不要?
37 仮装 女性の抑圧解放か
38 「不適応者」 聾唖でも自立した「節子」
[第5章]〝境界〟へ分け入る
39 山の暮らし 平山部落に心惹かれて
40 新開地 移住による転入者、結束強く
41 行商 外との交流促す
42 制裁と協同 「極端な」梨園経営者の場合
43 乞食 一日に一人は通りかかる
44 祈祷師 村に欠かせぬ存在だった
45 健康と医療 医者より祈祷師頼り
[第6章]円環する自然
46 季節 四季の移ろい多彩に写す
47 球磨川 日常との接点にあふれる生活感
48 洪水 新建造のコンクリート橋も損壊
49 節句 季節の折々に神と共食
50 焼酎醸造 〝時間〟の文化
51 食文化 豊かな郷土料理
52 遊び 四季折々、成長の過程
53 市房山 神聖な山へ「お獄さん参り」
54 身近な神々 八百万の民間信仰
55 水神さん 井戸や泉、川に住む
56 地蔵 ムラや子どもの守り神
[第7章]移ろいゆくムラ
57 農友会 産業組合と経済更生
58 商店 村の中心地・覚井部落
59 肥料 下肥や堆肥と農薬が混在
60 養蚕 世界とつながる第二の産業
61 農機具 進む機械化
62 輸送手段 鉄道そして車文化の普及
63 服装 和服から洋服へ
64 クラブ 村を越え、新しい文化活動
65 情報手段 口伝えと新聞、ラジオ
66 階級と貧富 農家の地位が高かった
67 小学校 村を一体化する組織
68 運動会 村中で終日楽しむ
69 ラジオ体操 いぶかったエンブリー夫妻
70 軍靴の足音 国防婦人会の女性たち
71 国家の組織 村に青年団や消防組の支部
[第8章]エンブリさんの記憶
72 稲作 エンブリーの調査の条件だった
73 寄進 村に溶け込むきっかけに
74 〝市民〟 新風吹き込む友人・愛甲慶寿家
75 シラミ 愛娘の髪にも…大騒動
76 エンブリー夫妻 足跡刻む九枚
77 別れ 道行き三味線に送られ
column1 グローバルな研究者の評価 柳田国男も『須恵村』称賛
column2 ローカルな価値継承 足跡辿る〝物証〟
「変化」を見詰める目 あとがきに代えて
年譜 ジョン・エンブリーとエラの足跡

